新規事業の壁を打ち破る：アート思考で「問い」を深掘りする発想アプローチ
新規事業の開発において、既存の市場や技術の延長線上ではない、真に新しいアイデアを生み出すことは容易ではありません。データ分析や論理的な思考は、既存の課題に対する最適な解を見つける上で非常に有効ですが、これまで誰も気づかなかった機会を発見したり、人々の潜在的なニーズを引き出したりするには、異なるアプローチが求められることがあります。
ロジカルに思考を積み重ねるだけでは、どうしても既存のフレームワークや成功事例に囚われがちです。結果として、競合との差別化が難しい、あるいはユーザーに刺さらないアイデアに終始してしまうケースも少なくありません。このような状況を打開するために注目されているのが、「アート思考」です。
アート思考は、ビジネスにおける創造性やイノベーション創出のための強力なツールとなり得ます。それは、単に絵を描いたり彫刻を作ったりすることではなく、アーティストが作品を生み出すプロセスやマインドセットをビジネスに応用する考え方です。
アート思考がビジネスにもたらす価値
アート思考は、特に以下のような点で新規事業開発に貢献します。
- 既存の枠組みからの脱却: 常識や既成概念を疑い、自分なりの視点や問いを持つことで、これまでの思考パターンから抜け出すきっかけを得られます。
- 多様な解釈の許容: 一つの事象に対して多様な見方や解釈があることを認識し、受け入れることで、多角的な視点からアイデアを捉え直すことができます。
- 内発的な動機の発掘: 「なぜそれを作るのか」「何を表現したいのか」といった内なる問いに向き合うことで、単なる儲け話ではない、情熱やパーパスに基づいたアイデアが生まれやすくなります。
- 「何をすべきか」より「何を問うべきか」へ: 目の前の問題解決に急ぐのではなく、そもそもどのような問いを立てるべきかを深く探求することで、本質的な価値創造につながるアイデアの源泉を見つけ出すことができます。
アート思考によるアイデア発想アプローチ：問いを深掘りする
アート思考を新規事業のアイデア発想に活かす際、最も重要な出発点となるのが「問い」を立てることです。ロジカル思考が「どうすれば〇〇できるか？」という解決策指向の問いに強いのに対し、アート思考は「〇〇とは何か？」「なぜこうなっているのだろう？」といった、本質や現状を問い直す探求型の問いに焦点を当てます。
具体的なアプローチとしては、以下のようなステップが考えられます。
- 現状への「違和感」を捉える: 日常業務や社会の動きの中で感じる、言葉にならない「あれ？」や「なぜ？」といった些細な違和感に意識を向けます。これは、既存のシステムや考え方に潜む盲点や機会の兆候である可能性があります。
- 違和感を「問い」に言語化する: 捉えた違和感を具体的な問いの形に落とし込みます。この際、「正解のない問い」や「バカげているように見える問い」であっても、可能性を閉ざさずに自由に言語化することが重要です。「なぜ人々は当たり前のようにスマートフォンを見ているのだろう？」「『働く』とは本来どういう状態を指すのだろう？」といった問いが考えられます。
- 問いを深掘りし、多様な視点から探求する: 立てた問いに対して、すぐに答えを出そうとせず、様々な角度から探求します。
- 観察: 問いに関連する現象や人々の行動を、予断なく観察します。何が起きているのか、人々はどう感じているのかを注意深く見つめます。
- 対話: 異なる背景を持つ人々（社内外、異分野の専門家など）と対話し、問いに対するそれぞれの解釈や視点を共有してもらいます。Miroのようなツールを用いて、各自の思考を視覚化しながら議論するワークショップ形式も有効です。
- 異分野からのインスピレーション: アート、哲学、歴史、科学など、普段触れない分野の知識や表現に触れることで、問いに対する新たな視点やメタファーを得られることがあります。
- 自分自身の内面と向き合う: その問いが自分にとってどのような意味を持つのか、なぜその問いに関心を持ったのかなど、自身の感情や価値観を探求します。
- 探求から得られた洞察を統合し、アイデアの種を見つける: 深掘りする過程で得られた多様な洞察や新しい解釈を組み合わせ、これまで見えなかった関係性やパターンを発見します。ここから、新しい価値提案やユニークな事業アイデアの「種」が生まれてきます。この段階では、アイデアの実現可能性よりも、面白さや新規性を重視します。
- アイデアを表現し、フィードバックを得る: 生まれたアイデアの種を、プロトタイプ、ストーリー、ビジュアルなど、何らかの形で表現します。そして、多様な人々にそれを見せ、どのような解釈や反応が返ってくるか、フィードバックを収集します。これは、アイデアを一方的に説明するのではなく、受け手の多様な解釈を受け入れるアート思考的なアプローチです。
チームでアート思考を実践する
新規事業開発は多くの場合チームで行われます。チームでアート思考を取り入れることは、多様な視点を活かし、より豊かなアイデアを生み出す上で非常に効果的です。
- 安全な対話空間の構築: どのような問いや意見も否定されない、心理的に安全な場を作ることが基盤となります。自由な発想や率直な違和感の表明が奨励される文化が必要です。
- 共通の「問い」を共有するワークショップ: チームメンバー各自が感じている違和感を持ち寄り、一つの共通の「問い」を collaboratively に設定するワークショップを行います。全員がオーナーシップを持つ問いからスタートすることで、その後の探求も深まります。
- 多様な探求活動: チーム内で役割分担し、問いに対する多様なリサーチや観察活動を行います。それぞれの発見を持ち寄り、共有する時間を設けます。
- アイデアの多様な表現と解釈: 生まれたアイデアを絵や模型、寸劇など、多様な方法で表現し合い、それに対して「どう見えるか」「何を連想するか」といった解釈を共有します。単なる善し悪しの評価ではなく、多様な見方を引き出す対話を心がけます。
アート思考的なマインドセットを育む
アート思考は、単なるテクニックではなく、日々の意識や習慣によって育まれるマインドセットです。
- 「なぜ？」を問い続ける好奇心: 当たり前だと思っていることに対しても、「なぜこうなっているのだろう？」という素朴な疑問を持つ習慣をつけます。
- 不確実性や曖昧さへの耐性: すぐに答えが出ない状況や、多様な解釈が混在する状態を受け入れる練習をします。
- 失敗を恐れず試行錯誤する姿勢: アート制作のように、完璧を目指すよりは、まずは形にしてみて、そこから学ぶという姿勢を持ちます。
これらのマインドセットは、新規事業開発における不確実性の高い状況を乗り越え、予測不能な変化に対応していく上でも重要な要素となります。
まとめ
新規事業開発において、ロジカル思考は実現可能性や計画立案に不可欠ですが、アイデアの源泉を見つけ、差別化された価値を生み出すためには、アート思考のアプローチが強力な助けとなります。特に、「問い」を深く掘り下げ、多様な視点から探求するプロセスは、既存の思考の壁を打ち破り、真にユニークなアイデアを引き出す鍵となります。
日々の業務の中で感じる小さな違和感に意識を向け、「問い」を立て、多様な方法でそれを探求することから始めてみてはいかがでしょうか。そして、それをチームと共有し、それぞれの異なる視点を受け入れながら対話を進めることで、これまでにない発想が生まれる可能性が広がります。アート思考を取り入れたアプローチが、皆様の新規事業開発におけるブレークスルーの一助となれば幸いです。