アート思考でチームの「対話の質」を高める:異なる視点をアイデアに変えるアプローチ
新規事業開発において、画期的なアイデアを生み出すことは容易ではありません。特に、市場が急速に変化し、競合との差別化が求められる現代においては、既存のロジカル思考だけでは限界を感じる場面が増えているのではないでしょうか。多様な専門性や経験を持つメンバーが集まるチームにおいて、どのようにすればそれぞれの視点を最大限に活かし、予測不能なアイデアへとつなげることができるのかは、多くの新規事業担当者が抱える課題の一つです。
このような課題に対し、アート思考がチームの対話の質を高め、新たなアイデア創出に貢献する可能性が注目されています。アート思考は、単に美術作品を鑑賞することではなく、アーティストが作品を生み出すプロセスにおける思考や姿勢をビジネスに応用するものです。これは、既存の枠にとらわれず、自分自身の内面や感覚、そして他者の視点に深く向き合うことを促します。
アート思考がチームの対話にもたらす変革
アート思考をチームの対話に取り入れることで、以下のような変革が期待できます。
- 「正解のない問い」に向き合う姿勢の醸成: アート思考は、一つの絶対的な正解を求めるのではなく、「なぜそう見えるのか」「何を感じるのか」といった主観的で開かれた問いから出発します。この姿勢は、チーム内で多様な意見や異なる視点が出た際に、それを良し悪しで判断するのではなく、一旦受け止め、その背景にある思考や感覚を探求する対話を促進します。
- 他者の視点への深い共感: アーティストは、自身が見たもの、感じたものを多様な形で表現しようと試みます。この「表現」のプロセスや、他者の表現に触れ、そこから何かを感じ取ろうとする姿勢は、チームメンバーそれぞれの「見方」や「感じ方」に対する理解を深めます。単なる情報交換に留まらず、相手の内的世界に触れるような対話が可能になります。
- 「違和感」や「曖昧さ」をアイデアの種と捉えるマインドセット: ロジカル思考では排除されがちな「なんとなく感じる違和感」や「言葉にならない曖昧さ」は、アート思考においては重要なインスピレーションの源泉となります。チームの対話において、こうした「ノイズ」を否定せず、「それは何だろう」と一緒に探求する姿勢が、既存の思考フレームでは生まれ得ないアイデアの突破口を開きます。
アート思考で対話の質を高める具体的なアプローチ
では、実際にチームの対話にアート思考を取り入れるには、どのようなアプローチがあるでしょうか。
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「問い」を共有し、深掘りする: 特定の課題やテーマについて、最初に「これはどういうことだろう」「なぜこうなっているのだろう」といった開かれた「問い」をチーム全体で共有します。その問いに対するメンバーそれぞれの仮説や感覚を言葉にし、それに対してさらに「なぜそう考えるのですか」「他にどんな見方ができますか」と問いを重ねることで、議論の深みが増し、多角的な視点が引き出されます。
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非言語表現を対話に取り入れる: 言葉だけでなく、絵、図、簡単なオブジェ、色、あるいは身体の動きなど、非言語的な表現を対話の補助として活用します。例えば、アイデアや課題のイメージをスケッチしてみたり、感情を色で表現してみたりすることで、論理だけでは捉えきれない感覚や潜在的な思考を共有できます。Miroなどのオンラインツールを活用すれば、リモート環境でも付箋の色分けや手書きスケッチ、イメージ画像の共有などを通して、視覚的・感覚的な対話空間を作り出すことが可能です。
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「〇〇の視点から見てみよう」ワーク: 意図的に異なる視点(例えば、顧客、競合、未来の世代、あるいは全く関係のない分野の専門家、さらには「水になったとしたら」といった非現実的な視点)になりきって対話を行うワークです。これにより、普段自分たちが囚われている思考パターンから離れ、驚くような新しい発見やアイデアが生まれることがあります。
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「違和感シェアリング」セッション: 特定のテーマやアイデアについて話し合った後、「なんとなく引っかかる点」「言葉にできないけれど気になる点」といった「違和感」を持ち寄る時間を設けます。それぞれの違和感を否定せず、「それはどういう感覚ですか」「どこに一番違和感を感じますか」と深掘りしていくことで、潜在的なリスクや見過ごされていた可能性を発見する手がかりとなります。
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意見の背景にある「感覚」を探求する: メンバーが意見を表明した際に、単にその内容の是非を問うだけでなく、「なぜそう感じるのですか」「そのアイデアを聞いて、どんなイメージが湧きましたか」といった、意見の背景にある感覚や個人的な経験、価値観に光を当てる問いかけを行います。これにより、メンバー間の相互理解が深まり、多様な意見が表面的に衝突するのではなく、互いに触発し合う関係性が生まれます。
日常業務やワークショップへの応用ヒント
こうしたアート思考に基づく対話のアプローチは、特別なワークショップだけでなく、日常のチームミーティングやアイデアソンなど様々な場面で応用できます。
- ミーティング冒頭での「今日の気分を色で表現」: 簡単なアイスブレイクとして、その日の気分やチームの雰囲気について、特定の「色」や「形」で表現し合う時間を持つ。
- アイデア出しの際に「もしこれが現代アート作品だとしたら、タイトルは何になるか」: 生まれたアイデアに対して、アート作品のような視点で向き合い、コンセプトを再解釈する。
- フィードバックの際に「その意見、どんな風に見えますか/聞こえますか」: 抽象的な言葉でなく、感覚的な表現でフィードバックを交換する。
- プロジェクトの課題分析で「この状況を一枚の絵で表すとしたら、どんな絵になるか」: 複雑な状況を感覚的に表現し、新たな角度から課題を捉え直す。
これらの小さな試みから始めることで、チーム内の心理的安全性が高まり、「何を言っても大丈夫」という雰囲気が醸成されていきます。異なる意見や感覚が安心して表明できる環境こそが、予測不能な、しかし強力な新規事業アイデアを生み出す土壌となります。
結論:アート思考で「対話の化学反応」を起こす
アート思考は、チームにおける対話を単なる情報のやり取りから、お互いの内面に触れ、新たな視点を共有し合う「創造的な化学反応」へと昇華させる力を持ちます。ロジカルな議論でアイデアの筋道を立てることも重要ですが、それだけでは見えない景色があります。アート思考に基づく対話は、メンバー一人ひとりの感性や違和感を拾い上げ、それらを掛け合わせることで、誰も想像しなかったようなアイデアへと昇り詰める可能性を秘めています。
新規事業開発の現場でアイデア枯渇を感じているのであれば、ぜひチームでの対話にアート思考のエッセンスを取り入れてみてください。それは、画期的なアイデアを生み出すだけでなく、チームメンバー間の信頼と共感を深め、組織全体の創造性を高めることにもつながるはずです。まずは、小さな問いかけや非言語表現から、新しい対話の扉を開いてみてはいかがでしょうか。