チームの多様性をアイデアに変える:アート思考ワークショップでクリエイティビティを刺激する方法
アート思考でチームの多様性をアイデアに変える
新規事業開発の現場では、既存のロジカル思考だけでは思いつかないような、斬新で差別化されたアイデアが求められています。特に、急速に変化する市場環境において、予測不可能な未来に対応するためには、多様な視点を取り入れ、チーム全体のクリエイティビティを高めることが不可欠です。
しかし、単に多様なバックグラウンドを持つメンバーを集めただけでは、その多様性が十分に活かされず、共通の「当たり前」から抜け出せないアイデアに終始してしまうことも少なくありません。ここでは、アート思考がどのようにチームの多様な視点を引き出し、新たなアイデア創出に繋がるのか、そしてそれを実践するためのワークショップアプローチについて解説します。
なぜアート思考が多様な視点を引き出すのか
アート思考は、「正解のない問いを探求する」プロセスです。美術作品を鑑賞する際に、作者の意図や背景だけでなく、自分自身の感情や感覚、経験を通して作品を「見る」ように、アート思考は物事を多角的に、そして主観的な感性をも含めて捉えることを促します。
このプロセスは、ビジネスにおけるアイデア創出において、以下のような形で多様な視点の活用に繋がります。
- 「見る力」の向上: 日常的な風景や既存のサービスの中に潜む「違和感」や「面白さ」に気づく観察眼を養います。これは、マーケットの隠れたニーズや課題を発見する上で重要です。
- 解釈の多様性の受容: 一つの作品に対して、鑑賞者それぞれが異なる解釈を持つように、アート思考は物事に対する多様な見方や感じ方を肯定します。チームメンバー一人ひとりの異なる経験や専門性に基づく視点が、等しく価値あるものとして扱われる土壌を作ります。
- 「問い」を深掘りする力: なぜそうなるのか、他にどのような見方ができるのかといった「問い」を立て、探求する力が養われます。これは、表層的なアイデアで満足せず、本質的な課題や可能性に迫るために不可欠です。
- 感性や直感の活用: ロジックだけでは捉えきれない、感情や感覚といった非言語的な情報もアイデアの源泉として捉えます。これにより、データや分析だけでは見えないユーザーの深層心理や潜在的なニーズに気づくヒントを得られることがあります。
アート思考を取り入れたチームワークショップの設計
チームでアート思考を実践し、多様な視点を活かしたアイデア創出を促進するためには、意図的に設計されたワークショップが有効です。一般的なアイデアソンやブレインストーミングとは異なるアプローチを取り入れることで、参加者の意識を刺激し、普段は表に出にくい視点やアイデアを引き出すことが期待できます。
ワークショップ設計のポイントは以下の通りです。
- 目的の明確化: なぜこのワークショップを行うのか、どのような成果を期待するのかを明確にします。単なるアイデア出しだけでなく、チーム内の心理的安全性を高める、メンバー間の相互理解を深めるといった副次的な目的を設定することも有効です。
- 安全な場の構築: 失敗や奇抜な発想を恐れずに発言できる雰囲気を作ることが最も重要です。他のメンバーの意見を否定しない、多様な意見を歓迎するといったグランドルールを設定し、ファシリテーターが積極的に安心できる場を演出します。
- 非日常的な要素の導入: いつもの会議室やオンラインツールだけでなく、美術館訪問、写真や絵画の鑑賞、音楽を聴く、散歩するなど、五感を刺激する活動を取り入れることで、固定観念を揺さぶり、新たな視点や感覚を呼び覚ますことができます。
- 「問い」の設計: どのような「問い」を立てるかがワークショップの質を左右します。正解のない、抽象的で示唆に富む問いは、多様な解釈や発想を促します。「もし〇〇が△△だったらどうなるか」「この状況の『違和感』は何だろう」といった問いが有効です。
- 表現方法の多様化: 言葉だけでなく、絵やジェスチャー、オブジェクトなど、様々な方法でアイデアや感覚を表現する機会を設けます。これにより、言語化が苦手なメンバーや、言葉では表現しにくい感覚的なアイデアも共有できるようになります。Miroのようなオンラインホワイトボードツールは、付箋、画像、手描きなどを組み合わせて多様な表現をサポートするのに役立ちます。
- 内省と対話の循環: 個人の内省の時間(作品や問いと向き合う時間)と、チームメンバーとの対話や共有の時間をバランス良く設けます。個々が深掘りした洞察を持ち寄り、対話を通じて新たな発見や気づきを生み出すプロセスを重視します。
具体的なワークショップ手法例
アート思考を取り入れた具体的なワークショップ手法をいくつかご紹介します。これらは単独でも、組み合わせて使用することも可能です。
1. 「違和感発見ワーク」
- 目的: 日常や既存のサービスに潜む「当たり前」や「違和感」に気づき、そこから新たな問いや課題の種を見つけ出す。
- 進め方:
- チームで特定のテーマ(例: ユーザーの購買行動、社内コミュニケーションなど)を設定します。
- 各自、そのテーマに関連する「当たり前」や「当然だと思っていること」をリストアップします。
- 次に、その「当たり前」の中に潜む「あれ?」と感じる点、「なんでこうなっているんだろう?」といった「違和感」を書き出します。(例: 「購入後にお礼メールが来るのは当たり前だけど、なぜ毎回同じ文面なんだろう?」「会議は定刻に始まるのが当たり前だけど、なぜ毎回少し遅れる人がいるんだろう?」)
- リストアップされた違和感をチームで共有し、それぞれについて「なぜその違和感を感じたのか」「その違和感は、どのような可能性や課題を示唆しているか」を対話します。
- 特に面白そう、深掘りする価値がありそうな違和感を選び、それを出発点に新たな問いを立てたり、アイデアの方向性を探ったりします。
- ポイント: 良い・悪いの判断を一旦保留し、純粋な「気づき」や「感覚」を大切にします。
2. 「視点交換ワーク」
- 目的: 異なる立場や視点から物事を捉え直し、既存の固定観念を打破する。
- 進め方:
- 検討したい対象(例: 自社サービス、顧客、競合など)を設定します。
- チームメンバーは、その対象を「全く異なるもの」(例: 自然現象、感情、歴史上の人物、動物など)に見立ててみます。
- 例えば、自社サービスを「雨」に見立てるとしたら、それはどんな雨か(恵みの雨、豪雨、霧雨)? いつ降る? どんな音がする? 誰が喜ぶ? 誰が困る? といったように、見立てたものを通して対象を表現・解釈してみます。
- 各自が異なる見立てで対象を表現し、それを共有します。なぜその見立てを選んだのか、見立てることで何が見えてきたのかを説明します。
- 共有された多様な解釈から、対象の新たな側面や、普段気づかなかった課題、可能性を発見します。
- ポイント: 面白い見立てをすること自体が目的ではなく、その見立てを通して対象を「いつもと違う見方で見る」訓練であることを意識します。
3. 「感情・感覚マップワーク」
- 目的: ユーザーや顧客の行動の裏にある感情や感覚に焦点を当て、ロジックだけでは見えないニーズを探る。
- 進め方:
- 特定のユーザー体験やカスタマージャーニーのプロセスを設定します。(例: アプリをダウンロードして使い始めるまで、購入を検討してから決定するまでなど)
- そのプロセスの各ステップで、ユーザーがどのような感情や感覚を抱くかを想像し、言葉だけでなく、色、形、音、温度、手触りといった感覚的な要素や抽象的なイメージ(例: 「ふわふわ」「ギザギザ」「モヤモヤした色」)で表現します。Miroのようなツール上で、テキストだけでなく、画像検索や描画機能を使って表現すると効果的です。
- 各自が想像した感情や感覚を表現したものを持ち寄り、チームで共有します。なぜそう表現したのか、その感覚はどのような行動に繋がる可能性があるのかを対話します。
- 共有された感情・感覚マップから、ユーザーが抱える潜在的な不満、満たされていない欲望、無意識の期待などを読み解き、新たなサービスや機能のアイデアに繋げます。
- ポイント: 正確なユーザー調査に基づく必要はありません。まずは想像力を働かせ、多様な可能性を探ることが目的です。
ワークショップ実践のヒントと期待される効果
これらのワークショップをチームで実践する際には、ファシリテーターの役割が重要です。参加者全員が安心して発言できるよう場を整え、特定の意見に偏らず多様な声を引き出し、対話を通じて気づきやアイデアが深まるようにナビゲートします。また、ワークショップで生まれたアイデアの種や気づきを、その後のビジネス検討プロセスにどう繋げていくかを事前に検討しておくことも大切です。
アート思考ワークショップを通じて期待できる効果は、単にアイデアがたくさん生まれるということに留まりません。
- アイデアの質の向上: 表面的な解決策ではなく、本質的な課題や隠れたニーズに基づいた、より独創的で深みのあるアイデアが生まれやすくなります。
- チームの心理的安全性向上: 互いの多様な視点や感性を認め合うプロセスを通じて、メンバー間の信頼関係が深まり、オープンなコミュニケーションが促進されます。
- 新たな視点の定着: ワークショップでの経験を通じて、メンバー一人ひとりが日常業務においてもアート思考的な視点(観察、問い、多様な解釈)を持つようになり、チーム全体のクリエイティビティの底上げに繋がります。
スタートアップやベンチャーのような変化の速い環境では、少数の突出したアイデアだけでなく、チーム全体が常に新しい視点を取り入れ、柔軟に発想し続ける力が競争優位性となります。アート思考を取り入れたワークショップは、そのための有効な手段の一つと言えるでしょう。
まとめ
新規事業開発においてアイデアの枯渇は避けたい課題ですが、多様な視点を活かしたチームでの創造的な取り組みによって、これを乗り越えることが可能です。アート思考は、ロジックだけでは捉えきれない世界の側面を「見る」力を養い、多様な解釈を肯定することで、チームメンバー一人ひとりの独自の視点や感性をアイデアの源泉へと変える potent なアプローチです。
今回ご紹介したようなアート思考ワークショップは、チームが共に「問い」を探求し、多様な表現を通じて互いの内面に触れ、対話から新たな気づきを生み出すための具体的な機会を提供します。ぜひ、あなたのチームでもアート思考を取り入れ、多様な個性が輝く創造的な組織文化を育んでみてください。