限られた時間でブレークスルーを生む:アート思考を取り入れた集中アイデアソン設計ガイド
はじめに:なぜ新規事業開発にスピードと新しい発想が求められるのか
急速に変化する市場環境において、新規事業の開発には常に新しいアイデアとそれを生み出すスピードが求められています。しかし、既存の知識や論理的な思考のみに依拠していると、どうしても既視感のあるアイデアに陥りがちです。また、多忙な業務の中で、アイデア創出に十分な時間を確保することも難しい現実があります。
こうした状況を打破し、限られた時間内でチームからユニークなブレークスルーを生み出す手法として、アート思考を取り入れた集中アイデアソンが注目されています。本稿では、アート思考がどのように短時間でのアイデア発想を促進するのかを解説し、その実践に向けた具体的なワークショップ設計と実施のポイントをご紹介します。
アート思考が短時間集中型アイデアソンにもたらす価値
アート思考は、既成概念にとらわれず、自分自身の内面や感覚、そして外界に対する「違和感」や「問い」を探求することから出発します。このプロセスは、ロジカル思考だけでは見つけられない、新しい視点や潜在的なニーズを発見するのに役立ちます。
短時間で集中的にアート思考を取り入れることは、参加者の普段の思考パターンに意図的に揺さぶりをかけ、直感や感性を刺激する効果が期待できます。以下のような価値が考えられます。
- 既成概念の打破: 短時間という制約が、深く考えすぎることを避けさせ、直感的な発想を促します。アート作品や非日常的な問いかけは、参加者の固定観念を揺さぶります。
- 多様な視点の解放: 参加者一人ひとりの内面や感性に基づいた問いや表現を引き出すことで、チーム内の多様な視点が解放され、思いがけないアイデアの種が生まれます。
- 創造的なエネルギーの喚起: アート的な表現や体験は、参加者の感情や感覚に直接訴えかけ、創造的なエネルギーを高めます。時間の制約が良い意味での緊張感を生み出し、集中力を高めます。
- 「問い」起点の探求: アート思考は「問い」を深掘りすることを重視します。短時間であっても、鋭い問いを立て、それに対して素早く応答するプロセスは、アイデアの核を早期に発見する手助けとなります。
短時間集中型アート思考ワークショップ設計の基本原則
効果的な短時間集中型アート思考ワークショップを設計するためには、いくつかの重要な原則があります。
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明確な目的と焦点設定:
- 短い時間で何を目指すのか、具体的なアウトプットイメージを明確にします。例:「〇〇に関する新規事業のコンセプトアイデアを3つ以上生み出す」「チームメンバーが普段考えない視点を発見する」。
- テーマを絞り込みすぎず、かといって広すぎない、探求を促すような問いや課題を設定します。
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時間配分の最適化:
- ワークショップ全体の時間を設定します。(例:90分、120分など)
- 各セッション(導入、問いかけ、個人ワーク、グループワーク、発表、振り返りなど)に厳密な時間を割り当て、時間管理を徹底します。タイマーの活用は必須です。
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安全で刺激的な場の設定:
- 参加者が安心して自由な発想や表現ができる心理的な安全性を確保します。批判的な意見を控え、多様な意見を歓迎する雰囲気を作ります。
- 五感を刺激するような要素(BGM、場所、簡単なアート材料など)を取り入れることも有効です。オンラインの場合は、Miroのようなツールを活用して視覚的な刺激を与えたり、非同期での表現を可能にしたりします。
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「問い」と「表現」の設計:
- 参加者の内面や既成概念を揺さぶるような「問い」を用意します。これは特定の課題に対するものでも、抽象的なテーマに関するものでも構いません。
- アイデアを言語だけでなく、絵やオブジェ、簡単な動きなどで「表現」する時間を設けます。これにより、論理的な思考だけでは出てこない要素を引き出します。
実践手法例:アート思考を取り入れた短時間アイデアソン
以下に、具体的な手法の例をいくつかご紹介します。これらを組み合わせることで、多様なワークショップを設計できます。
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アート作品を用いた問いかけ:
- 数点のアート作品(絵画、彫刻、写真など)を提示します。(オンラインの場合は画面共有やMiroボードに配置)
- 参加者に作品を鑑賞してもらい、「この作品から何を感じるか」「この作品は今の私たちの課題に対して何を語りかけているか」「作品の違和感は何を示唆しているか」といった問いを投げかけ、感じたことや考えたことを短い時間で書き出してもらいます。
- その後、共有や簡単なディスカッションを行います。
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マテリアルを用いた「違和感」の表現:
- 様々な素材(粘土、紙、布、糸、ブロックなど)を参加者に提供します。(オンラインの場合は、各自で身の回りのものや指定された材料を用意してもらう)
- 特定のテーマや課題に関する「違和感」や「こうだったらいいのに」という感覚を、言葉ではなく素材を使って表現してもらいます。
- 完成した「表現」について、各自が短い時間で説明し、チームで共有します。
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制限時間内の「問い」の連想:
- 特定のテーマやビジネス領域に関するアート思考的な「問い」を設定します。(例:「私たちの顧客が本当に求めている『豊かさ』とは何か?」「競合他社が『当たり前』だと思っていることは何か?」)
- その問いから連想される言葉、イメージ、感情などを、制限時間内(例:5分)にできるだけ多く書き出してもらいます(ブレインダンプ)。
- 書き出された要素を組み合わせて、新しいアイデアの種を見つけ出します。
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「未来の新聞記事」ワーク:
- 目標とする未来(例:5年後、10年後)に、自分たちの新規事業が成功したと仮定します。
- その成功によって、世の中にどのような変化が起きているか、顧客はどのように喜んでいるかなどを、「未来の新聞記事」の見出しや短い記事として、制限時間内に記述・スケッチします。
- この未来像から逆算して、現在のアイデアの核となる要素を抽出します。
短時間で成果を最大化するファシリテーションのコツ
集中アイデアソンを成功させるためには、ファシリテーターの役割が非常に重要です。
- 厳密な時間管理: 各アクティビティの時間を明確に伝え、厳守します。時間切れのアナウンスを効果的に行い、ダラダラとした進行を防ぎます。
- 問いかけと傾聴: 参加者の発想や表現を促すような、オープンで刺激的な問いかけを行います。個々の発言や表現に真摯に耳を傾け、受け止めます。
- エネルギーの維持: 短時間でも参加者の集中力やモチベーションを維持できるよう、声のトーン、ジェスチャー、休憩の取り方(短時間でも良い)などを工夫します。
- 収束のサポート: 制限時間内に発散したアイデアや表現を、次のステップ(アイデアの具体化、グルーピングなど)につなげるための簡単な収束手法を準備しておきます。
実施後のフォローアップと継続
短時間集中型ワークショップで生まれたアイデアの種は、そのままではビジネスになりません。ワークショップ終了後も、アイデアの深掘りや検証プロセスへの接続が不可欠です。
- アイデアの記録と共有: 生まれたアイデアや表現、そこから生まれた問いなどを適切に記録し、参加者間で共有します。Miroのようなオンラインツールは、この記録と共有に役立ちます。
- 深掘りの機会設定: 短時間で生まれたアイデアの種について、後日改めて時間を設けて深掘りする機会を設定します。
- 検証プロセスへの接続: 可能性のあるアイデアは、プロトタイピングや顧客ヒアリングなどの検証プロセスへと進めます。アート思考で得られた「違和感」や「問い」を検証の仮説に落とし込む視点も重要です。
まとめ
新規事業開発の現場では、常に時間と新しいアイデアの創出という課題に直面しています。アート思考を短時間集中型のアイデアソンに取り入れることは、この課題に対する有効なアプローチの一つです。既成概念を打ち破る「問い」の設定、多様な視点を引き出す「表現」の活用、そして厳密な時間管理と効果的なファシリテーションによって、限られた時間の中でもブレークスルーにつながるユニークなアイデアを生み出す可能性が広がります。
ぜひ、本稿でご紹介した設計原則や手法を参考に、皆様のチームでもアート思考を取り入れた集中アイデアソンを実践し、創造性の高い新規事業アイデア創出に繋げていただければ幸いです。